ヨガスートラ 不盗 アスティヤについて

今日はヨガの八支則ヤマの一つ、アスティヤについて書いていきます。

ヤマのなかでも、私はこのアスティヤが1番考えさせられました。

アスティヤは盗まないということ。

盗むという事柄でわかりやすいのは品物ですよね。

しかしアスティヤの意味は幅広く、他人の時間、信頼、権利、利益に至るまで、持ち主の許可なく盗むことはしてはいけないという教えです。

例えば、

待ち合わせに遅れる

行列に割り込む

相手の話を聞かず、遮って自分の話をする

人の時間を奪いネガティブな話や愚痴を聞かせたり、解決する気の無い相談事なども気をつけなければいけないところです。

人から幸せを貰おうとすると、愚痴は生まれます。

自分はすでに幸せで、満たされていて、何かをやみくもに求める必要がない。それに気づくことこそが大切だとヴァータ聖典では、説いています。

勝手に期待して、行動をして、期待通りのものがかえってくれば良し、そうでないときは傷ついたり、落ち込んだり、他者を責めたり…

“こうなるはずだったのに”

“うまくいかなかったのは○○のせい”

“もっとこうしてくれたら”

“私ならこうするのに”

自分以外のコントロール出来ないものに思い悩んだり、恨んだり…このような執着は苦しみを生み出します。

ヨガスートラのヤマは、自分自身を振り返り自省する一つの手段にもなります。

大人になると、自分を戒めてくれるひとは少なくなりますよね。

そんな時、ヨガの教えは、

心の平穏と気づきを与えてくれます。

カテゴリー ヨガ哲学タグ

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