ヨガ哲学に関する最も権威のある著書
『バガヴァット・ギーター』
第6章で、神であるクリシュナは、戦士アルジュナに
ヨガは苦しみと悲しみからの解放を意味すると以下のように説明しています。
『心と知性と自我が支配下にあり、
絶え間なく起きる欲望から解放され、心が安定する時、
神と結ばれた者になることができる。
風がなければ灯の火は揺れない。
これは、自らの心と知性と自我をコントロールし、
自らの精神に集中するヨギーにも同じことがいえる。
ヨガの実践を通して
不安定な心と知性と自我が静まり、
ヨギーは自らのうちにある霊性の目覚めによる法悦(真実の満足感)を得ることができる。
そして、
理性で体験することのできない思慮の世界を超えた永遠の喜びを知ることができ、
しかもその喜びの世界を永遠に持続でき、
このとき、すべてのものに優る宝を発見したということができるのである。
この状態に達すれば、
どのような悲しみにも動揺しない。
これが本当のヨガの意味であり、
苦痛と悲しみから解放された状態なのである。』

この文章は宗教的で難しいため細かく解説していきます。
ここでいう、心、知性、自我とは何か
心 マナス
肌が荒れた、太った、お腹がすいたなど
いろいろなことに気づくことができる。
それはアンテナ的な働きをし、注意し、選択し、拒否する働きと能力をもつ。
これはとても大切な機能で、
これがあるから他人を思いやったり、人の気持ちに気付くこともできます。
その他にも、家のエアコン切り忘れた?など
迷って、腑に落ちていない状態。
揺れ動き、決断に迷う。
知性または理性 ブッディ
考えが腑に落ちていない状態のマナスに対して、
ブッディは、それが腑に落ちて、自分の考えとして自分の中に定着している状態です。
例えば、
私は女性です。
私には兄が1人います。
などといった明らかに答えに迷わない状態のこと。
物事を判別し、決断する状態。
自我 アハンカーラ
“私は日本人である”など
「この考えは自分のものだ」といった
自分はこういう人だと認識している状態。
わかりやすく言うと
赤ん坊は最初、自我がなく自分を認識出来ていない状態。
そして成長とともに認識がまとめられていく。
そうした認識している「自分」が自我です。
『自分は知っている』ということを確信する状態。
☆ヨガは6つある正統インド哲学のうちのひとつです。
それらを記した書物には、心の平和と幸福を得るために精進するべきいろいろな面が示されています。
心をコントロールすることは容易くはありませんが、知ることで努力することはできます。
まずは細かな心の動きを観察してみてください。
今、何をしている
今、この瞬間の感情を感じる
意識してみるとだんだんと感情のコントロールがしやすくなってきます。